リスキリングとは、技術や環境の変化に対応するために、働く人が新しいスキルを学び直すことです。総務省が2026年7月に公表した「令和8年版 情報通信白書」には、この学び直しをめぐる働く人と企業の「本音」が数字で表れています。日本の働き手がAIの影響として最も強く感じているのは「仕事を失う不安」ではなく、「単純な仕事はAIに任せられる」という期待と、「新たなスキルを身につけなければならない」という切実な意識でした。
本記事では、企業研修・eラーニング教材の制作を手がけるエレファンキューブが、令和8年版 情報通信白書のデータをもとに、大人の学び=リスキリングの現在地を読み解きます。人事・研修担当者の方が自社の育成施策を考えるうえでのヒントとしてご活用ください。
目次
令和8年版 情報通信白書とは?
情報通信白書とは、総務省が1973年から毎年公表している、日本の情報通信(ICT)分野の現状分析と政策をまとめた年次報告書です。54回目となる令和8年版は「AIの進展がもたらす多面的影響」を特集テーマとし、日本・米国・ドイツ・中国の4か国アンケート調査に基づいて、個人と企業のAI利用実態を国際比較しています。働く人の意識調査から企業の組織体制、先進企業への個別ヒアリングまでを一冊で横断できる、人材育成担当者にとっても価値の高い資料です。
働く人の本音:「仕事を失う不安」より「スキルを学ばなければ」
白書は、仕事においてAIが今後担いうる役割やもたらしうる影響について、働く人の意識を調査しています。日本で「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」の合計が最も高かったのは「単純・非効率な仕事を生成AIに任せる」で、次に高かったのが「AI導入を前提とした新たなスキルを身につけなければならない」でした。後者は肯定的な回答の合計が6割を超えています。

出典:総務省「令和8年版 情報通信白書」図表Ⅰ-1-1-19
一方で、「自分の仕事がAIに代替され、職を失う」や「自分の仕事から発想の多様性やクリエイティビティが失われる」といった懸念への肯定的回答は比較的低く、この傾向は米国・ドイツ・中国でも同様でした。ただし白書は、日本ではいずれの項目も2024年度調査より回答割合が高くなっていることを指摘し、AI利用の広がりとともに、人々が仕事への影響を具体的にイメージするようになってきている可能性を挙げています。
言い換えれば、働く人の多くは「AIに置き換えられる恐怖」よりも、「AIを前提とした働き方に自分を更新しなければ」という前向きな危機感を抱いている——これが白書から読み取れる大人の学びの出発点です。
企業側の現在地:日本の強みは「学ぶ環境づくり」
環境整備の国際比較:日本は「学ぶ環境」、他国は「データ整備」
では、企業側は社員の学びをどう支えているのでしょうか。白書が生成AIによる業務変革等に関する環境整備の状況を尋ねたところ、日本で最も回答割合が高かったのは「業務プロセスの見直しや生成AI活用検討に必要なスキルやノウハウを学ぶ環境がある」で、次いで「生成AI活用検討に向けた予算や人員が確保されている」でした。この傾向は企業規模を問わず見られました。

出典:総務省「令和8年版 情報通信白書」図表Ⅰ-2-1-5
興味深いのは国際比較です。白書によると、米国・ドイツ・中国では「生成AIに社内データを学習させたり、生成AIが参照可能なデータベースを構築したりしている」との回答が5割を超え、日本より大幅に高い結果となりました。整理すると、次のような違いが見えてきます。
| 観点 | 日本企業の特徴 | 米国・ドイツ・中国の特徴 |
|---|---|---|
| 最も進んでいる環境整備 | スキルやノウハウを「学ぶ環境」の整備 | 社内データのAI学習・データベース構築(回答5割超) |
| 読み取れる姿勢 | 人への投資(学び)から入る | データ基盤への投資から入る |
| 白書が示す課題感 | 全体としてAI利活用は他国比で低調 | 各業務でのAI活用率が高い |
経営の関与とリスキリング方針
白書は、生成AIによる業務変革等に関する戦略や方針の状況も調べています。日本では「経営戦略のなかでAI活用の目的や方針が明示されている」が最多で、次いで「経営幹部がAI活用の意義について社内外に情報発信している」が続きました。調査の選択肢には「人材のリスキリングや配置転換の方針が明示されている」も含まれており、リスキリングが経営アジェンダの一項目として位置づけられていることがわかります。

出典:総務省「令和8年版 情報通信白書」図表Ⅰ-2-1-4
また、日本の中小企業では「経営幹部から各部署に対して実施事項や達成目標が提示されている」が最も高い回答割合となり、白書は中小企業のAI活用においてトップダウンの関与がキーポイントになっていると分析しています。社員の学び直しを進めるうえでも、経営層が方針を明確に示すことが第一歩といえそうです。
先進企業は人材育成をどう設計しているか
白書には、AI活用の先進企業への個別ヒアリング結果も収録されています。人材育成の観点で特に参考になるポイントを2つ紹介します。
ダイキン工業:2年間かけて育てる「社内大学」方式
白書によると、ダイキン工業は2017年に「ダイキン情報技術大学」を立ち上げ、新入社員向け・既存社員向け・基幹職向け・幹部向けの4階層で講座を開催しています。新入社員向け講座では毎年100名程度を対象に、AIやデータ分析技術について2年間もの長期にわたる専門的な教育カリキュラムが組まれており、”卒業生”は各部門に配属された後、現場から業務変革を担うキーパーソンとして活躍しているといいます。
ここから学べるのは、リスキリングを単発の研修ではなく、階層別・長期の「育成の仕組み」として設計しているという点です。
共通パターン:現場のニーズ起点+DX推進部門の「伴走支援」
白書は、ヒアリングした先進企業の多くに共通する型として、事業部門の現場のニーズや課題意識を起点にし、DX推進部門がアイデア創出の支援、技術的アドバイス、効果測定に加えて、AIスキル等の学習や知見共有を受けられる機会の設定といった伴走支援を担っていたことを挙げています。学びを研修室の中に閉じ込めず、実際の業務課題とセットで提供する——これが先進企業に共通する大人の学ばせ方です。
「AIに頼ると能力が落ちる」は本当か?研修設計者が知っておきたい研究知見
リスキリングでAI活用を教える際、「AIに頼らせて社員の力が落ちないか」という懸念を耳にすることがあります。白書の第3章は、この問いに関わる研究を両論併記で紹介しています。
米MIT Media Labなどのチームの実験では、小論文の執筆で最初から生成AIを使ったグループは、脳内の神経結合が比較的弱く、直後に自分の文章を思い出す力も低いという結果が出ました。一方で、先に自分の頭で書いてから後でAIを使ったグループでは、記憶の想起が良好で脳の広い領域の再活性化が見られたといいます。他方、ドイツ・レーゲンスブルク大学の研究では、AIを使ったグループの方が短時間で質の高いアイデアを出せたことも報告されています。
白書に収録された有識者ヒアリングで、国際大学の山口真一教授は、AIへの代替が進めば人間単体では能力低下が起こりうるかもしれないとしつつ、人間とAIとの「協働」によってトータルとしての人間の能力は向上するのではないかとの見方を示しています。研修設計への示唆は明確です。「まず自分で考え、次にAIと協働する」という順番を研修プログラムに組み込むことが、能力低下の懸念に対する現実的な答えになりえます。
ここからは、企業研修・eラーニング教材を3,000件以上手がけてきたエレファンキューブとしての意見です。
白書のデータを重ねると、1つの構図が浮かびます。働く人の6割超が「新たなスキルが必要」と感じ、日本企業は「学ぶ環境づくり」では他国に劣らない一方、社内データの整備・活用では大きく後れを取っている——つまり、学ぶ意欲と学ぶ場はあるのに、学んだことを業務の変革につなげる回路が細いのです。
この構図を踏まえると、リスキリング研修を「AIツールの操作方法を教える研修」で終わらせてはもったいない、というのが私たちの考えです。効果を出している白書の先進事例に共通するのは、自社の業務プロセスや業務データと結びついた学びであることでした。研修設計の実務では、汎用的なAI講座に自社の業務課題を持ち込むワークを組み合わせる、eラーニングで基礎を揃えたうえで職場実践と振り返りをセットにする、といった設計が有効だと考えています。また、MITの研究知見を踏まえ、「AIに書かせる前に自分で書く」工程を課題に残すことも、思考力を保ちながらAI活用を定着させる工夫として取り入れる価値があります。
よくある質問(FAQ)
リスキリングはまず何から始めればよいですか?
白書のデータが示すように、日本では経営戦略の中でAI活用方針を明示している企業が多く、中小企業ではトップダウンの関与がカギとされています。まず経営層が「何のためにAIを活用し、社員にどんなスキルを求めるのか」を言語化し、そのうえで全社員向けの基礎リテラシー教育と、推進役となる人材の重点育成を並行させる二段構えが現実的です。
eラーニングと集合研修、どちらがリスキリングに向いていますか?
役割が異なります。基礎知識の底上げや全社員への均質な教育はeラーニングが効率的で、自社の業務課題に引きつけた実践やディスカッションは集合研修・ワークショップが適しています。白書の先進企業事例に見られるように、学びと業務実践を往復させる設計を前提に、両者を組み合わせるのが効果的です。
この記事のデータの出典は何ですか?
本記事の統計データ・企業事例・研究紹介は、総務省「令和8年版 情報通信白書」(2026年7月公表)の記載に基づいています。白書は総務省Webサイトで全文が無料公開されています。
まとめ:社員の「学ばなければ」を、組織の力に変える
令和8年版 情報通信白書が映し出したのは、AIを恐れるよりも「学び直したい」と感じている働き手の姿と、学ぶ環境づくりでは一歩先を行く日本企業の現在地でした。この意欲を業務の変革につなげられるかどうかが、これからの人材育成の分かれ目になります。
エレファンキューブでは、AIリテラシー研修をはじめ、企業の課題に合わせたeラーニング教材・研修動画の企画制作を行っています。「自社に合ったリスキリングをどう設計すればよいか」でお悩みの人事・研修ご担当者様は、ぜひお気軽にご相談ください。
関連記事:カスタマーハラスメント対策eラーニングパッケージのご案内
出典
- https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/
総務省「令和8年版 情報通信白書」(2026年7月公表)。本記事の統計データ・研究紹介・有識者コメントは、特に断りのない限り同白書の記載に基づきます。図表画像は政府標準利用規約に基づき出典を明記のうえ掲載しています。 - https://arxiv.org/abs/2506.08872
白書内で紹介されている研究:Michael Gindert, et al.(2024)、Nataliya Kosmyna, et al.(2025)”Your Brain on ChatGPT”
最終更新日: 2026-07-31

