「人間中心のAI社会原則」とは?2019年策定の理念が今も古びない理由

「AI」という言葉を聞かない日がなくなりました。文章を書いたり、絵を描いたり、調べものを手伝ってくれたりと、便利さを実感している方も多いでしょう。その一方で、「気づかないうちに操作されないか」「差別や格差を広げないか」といった不安の声も少なくありません。
実は日本政府は、こうした期待と不安の両方に向き合うための「考え方の土台」を、すでに2019年につくっています。それが「人間中心のAI社会原則」です。生成AIがまだ広く知られていなかった時代の文書でありながら、いま読み返しても古さを感じさせない。むしろ、現在のAIブームを見通していたかのような内容になっています。
この記事では、公式文書をもとに、この原則がどんなものなのか、なぜいまも改訂されないままなのか、そして現在のAIルールづくりにどう生きているのかを、できるだけやさしく解説します。あわせて、デジタル教育コンテンツを手がける制作会社としての私たちの考えも、最後に少しだけお伝えします。

目次

「人間中心のAI社会原則」とは

「人間中心のAI社会原則」は、内閣府の統合イノベーション戦略推進会議が2019年(平成31年)3月に決定した、日本のAIに関する基本的な考え方をまとめた文書です。

ひとことで言えば、「AIはあくまで人間を豊かにするための道具であり、人間がAIに振り回される社会にしてはいけない」という姿勢を示したものです。文書のなかでも、AIに過度に依存したり人間の行動をAIに操られたりする社会ではなく、人間がAIを道具として使いこなすことで能力や創造性を広げられる社会を目指すべきだ、と明確に述べられています。

この原則は、すべての関係者(国、企業、研究機関、そして私たち一人ひとり)が立ち返るべき「出発点」として位置づけられています。

「人間中心のAI社会原則」(統合イノベーション戦略推進会議決定、2019年)
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/aigensoku.pdf

土台にある「3つの基本理念」

原則の根っこには、次の3つの価値観があります。これは技術の話というより、「どんな社会をつくりたいか」という願いに近いものです。

  1. 人間の尊厳が尊重される社会(Dignity) — 効率や便利さを追い求めるあまり、人間がないがしろにされない社会
  2. 多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会(Diversity & Inclusion) — いろいろな価値観や生き方が尊重され、新しい価値が生まれる社会
  3. 持続性ある社会(Sustainability) — 格差を解消し、環境問題などにも対応できる、長く続く社会

AIは、この3つを実現するための「強力な道具」になりうる、というのが文書の基本的な立場です。

わかりやすく解説:「7つの社会原則」

3つの理念を実際の場面で守るために、国や自治体など社会の側が意識すべき「AI社会原則」として、7つの項目が掲げられています。専門的な表現が多いので、ここでは日常の言葉に置き換えて紹介します。

1. 人間中心の原則

AIの利用が、憲法や国際的なルールが守る基本的人権を侵してはならない、という大前提です。AIに頼りきったり、AIを悪用して人の判断を操ったりしないよう、リテラシー教育などの仕組みを整えることが望ましいとされています。

2. 教育・リテラシーの原則

AIを正しく理解し使いこなす力を、誰もが身につけられるようにする、という考え方です。子どもから高齢者まで、また文系・理系の垣根を越えて学べる環境が必要だとしています。「データには偏り(バイアス)が含まれることがある」と気づける力も大切だと述べられています。

3. プライバシー確保の原則

AIは、個人の行動データから政治的な立場や経済状況、好みまで高い精度で推測できてしまう場合があります。だからこそ、本人が望まない形でデータが流通・利用され、不利益を受けないように扱うべきだとしています。

4. セキュリティ確保の原則

AIは社会を安全にする一方で、想定外の事象や悪意ある攻撃には常にうまく対応できるとは限りません。便益とリスクのバランスに気を配り、特定のAIだけに頼りきらないことが求められています。

5. 公正競争確保の原則

特定の国や企業にAIの資源が集中し、その立場を使って不当にデータを集めたり、不公正な競争をしたりする社会であってはならない、という原則です。

6. 公平性、説明責任及び透明性の原則

人種・性別・国籍・年齢・信条などを理由に、AIによって不当な差別を受けないこと。そして「なぜそうなったのか」を必要に応じて説明できる仕組み(説明責任)と、技術への信頼を確保することが求められます。

7. イノベーションの原則

国境や産学官、立場の垣根を越えて連携し、AIの研究開発や社会実装が次々と生まれる環境をつくること。そのために規制の見直しなども進めるべきだとしています。

このほか、AIをつくる側・提供する側が守るべき「AI開発利用原則」についても触れられていますが、こちらは「今後、国際的な議論を通じて合意を深めていくべきもの」として、あえて細かくは固められていません。

なぜ、この原則は更新されていないのか

ここで多くの方が疑問に思うはずです。「2019年といえば、まだChatGPTのような生成AIが広く使われる前。なぜ古いままなのか」と。

答えはシンプルで、この原則がもともと「細かいルール集」ではなく「理念・憲法のような土台」として書かれているからです。

原則の文書自体が、AIの定義をあえて厳密に固めていません。技術の中身が変わっても通用するよう、「高度に複雑な情報システム一般」に当てはまる普遍的な考え方として書かれているのです。そのため、技術が進化したからといって理念そのものを書き換える必要が薄い、という事情があります。

その代わりに、日本は「理念は原則のまま据え置き、実務的なルールは別の文書で更新していく」という方法をとってきました。実際、原則の文書のなかでも「本原則は、今後の技術の進展や社会の変化に応じて柔軟に進化・発展させるもの」と述べられており、最初から「より具体的な部分は後続の取り組みに委ねる」設計になっていたと読み取れます。

つまり、更新されていないのは「忘れられているから」ではなく、土台として安定しているからこそ動かしていない、と理解するのが正確です。

この原則を引き継いだ政府資料

では、生成AI時代の具体的なルールはどこにあるのでしょうか。原則を「土台」として、より実務的な文書が積み重ねられてきました。

AI事業者ガイドライン(総務省・経済産業省)

2024年4月、総務省と経済産業省が「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を公表しました。これは、それまで国内にあった複数のガイドラインを統合し、海外の動向や新技術を踏まえて整理したものです。

このガイドラインの基本理念は、先ほどの3つの価値(Dignity・Diversity・Sustainability)とまったく同じであり、「人間中心のAI社会原則」を土台としつつ、OECDのAI原則など海外の諸原則を踏まえて再構成したものと説明されています。生成AIの急速な普及を受けて、AIをつくる人・提供する人・使う人それぞれが何に気をつければよいかを、わかりやすく示している点が特徴です。

このガイドラインは「第1.0版」と位置づけられ、技術の進展に合わせて継続的に更新される前提でつくられています。実際に2025年3月には第1.1版へと改訂されました。理念は変えずに実務面をアップデートしていく、という日本のやり方がよく表れています。

「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」(総務省・経済産業省、2025年3月)
https://www.soumu.go.jp/main_content/001002576.pdf

AI推進法とAI基本計画

さらに2025年には、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(通称:AI推進法/AI法)が成立しました。これに基づき、日本のAI政策の総合的な計画である「AI基本計画(人工知能基本計画)」が2025年12月23日に閣議決定されています。

この一連の流れでも、人間中心のAI社会原則は引き続き出発点として参照されています。政府の検討資料でも、国際的な規範やその基礎として日本が先んじて策定した「人間中心のAI社会原則」を踏まえ、AIの研究開発・活用における適正性確保の考え方や基本方針を提示するとされています。

整理すると、日本のAIルールはおおむね次のような層になっています。

  • 理念の土台:人間中心のAI社会原則(2019年)
  • 実務の指針:AI事業者ガイドライン(2024年〜、随時更新)
  • 法律と国家計画:AI推進法・AI基本計画(2025年)

一番下の「理念」は安定させたまま、上の層を時代に合わせて更新していく。この構造を知っておくと、ニュースで新しいAI政策を目にしたときも、全体像のなかに位置づけて理解しやすくなります。

制作会社として、この原則をどう受け止めているか

ここからは、デジタル教育コンテンツを手がける私たちの率直な所感です。

まず驚かされるのは、生成AIが世に出てくる前に書かれたとは思えないほど、よく考えられていることです。「人間がAIに過度に依存しない」「データには偏りが含まれる」「説明責任を確保する」…こうした論点は、生成AIが普及した2026年のいま、まさに私たちが日々向き合っているテーマそのものです。技術の具体的な姿ではなく「人間にとってどうあるべきか」という本質から書かれているからこそ、時代を超えて通用しているのだと感じます。

だからこそ、「AIブーム」の真っただ中といえる2026年の今こそ、この理念や原則を改めて見直す価値があると考えています。新しい技術やサービスに追われていると、つい「使えるかどうか」「速いかどうか」ばかりに目が向きがちです。そんなときに、7つの原則を一つずつ自分たちの仕事に当てはめてみると、見落としていた視点に気づかされます。

私たち自身も最近、AIを活用した開発(AI駆動開発)に取り組み始めました。その際の指針としても、この原則の考え方に沿っていきたいと考えています。AIを「人間の能力を広げる道具」として使い、つくり手としての判断と責任は手放さない。原則が掲げる姿勢は、制作の現場でもそのまま通用する実践的な道しるべだと感じています。

一方で、気がかりな動きもあります。2026年に議論が進んでいる個人情報保護法の改正では、データ利活用を促進する観点から、本人の同意なしに個人データを扱える範囲を一部広げる方向の見直しが含まれています。統計作成やAI開発のための利用について同意取得義務を免除する案などがその例です。

データ活用を進めること自体は、AIの発展に欠かせません。ただ、原則が掲げる「プライバシー確保の原則」。本人が望まない形でデータが使われ、不利益を受けることがないように、という考え方とのバランスは、これまで以上に丁寧に問われるべきでしょう。理念を土台に据えると言うのであれば、個別の制度改正がその理念と矛盾していないか、政府自身も今一度立ち返って確認してほしい、というのが私たちの願いです。

参考:「令和8年改正個人情報保護法はどうなる?改正案を弁護士が解説」(BUSINESS LAWYERS、TMI総合法律事務所 野呂悠登弁護士)
https://www.businesslawyers.jp/articles/1521
※個人情報保護法の改正案については、内容が今後変わる可能性があります。最新情報は個人情報保護委員会の公表資料等をご確認ください。

まとめ

「人間中心のAI社会原則」は、2019年につくられた、日本のAIに対する考え方の土台です。「AIは人間を豊かにする道具であるべき」という一貫した姿勢のもと、人間の尊厳・多様性・持続性という3つの理念と、7つの社会原則で構成されています。

更新されていないのは古びたからではなく、技術が変わっても通用する普遍的な理念として設計されているからです。実際の運用ルールは、AI事業者ガイドラインやAI推進法といった後続の文書が引き継ぎ、時代に合わせて磨かれ続けています。


AIを「正しく理解して使う」社会づくりを、教育コンテンツで

人間中心のAI社会原則でも繰り返し強調されているのが、「すべての人がAIを正しく理解し、使いこなせるリテラシー教育」の重要性です。AIの便利さとリスクの両方を、わかりやすく学べる環境づくりは、これからの企業・教育機関にとって欠かせないテーマになっています。

エレファンキューブは、eラーニングや研修動画をはじめとするデジタル教育コンテンツの制作を専門としています。AIリテラシー研修、AI活用ガイドラインの社内浸透、新しい技術をやさしく伝える教材づくりなど、「複雑なテーマを誰にでも届く形にする」お手伝いをしています。AIに関する教育コンテンツの企画・制作をお考えの際は、ぜひお気軽にご相談ください。